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2016年6月9日 その他お知らせ

「中国知財戦略」出版のご案内

今般、弊所弁理士の山田勇毅が白桃書房より「中国知財戦略」を出版しました。序文の抜粋を紹介いたします。なお、別紙でお申込みいただければ、特別価格にて提供させていただきます。

図書のご案内『中国知財戦略』6_6発行_

 

「中国知財戦略 はじめに」より
 改革開放以来、中国政府は外国技術をいかに効率よく吸収するかに国をあげて力を入れてきた。日本は、改革開放初期の友好ムードのなかで、技術や資金の援助を自国企業に対すると同様に積極的に支援した。しかし、その陰には、中国政府によるあらゆる手段によって外国技術を獲得、吸収するという大規模な国家戦略が隠されていたことを読み取っていた日本企業は少ない。今や中国は世界の工場となり、グローバル企業の研究開発拠点の立地も加速化している。日本企業が長年にわたって蓄積してきた技術、ノウハウは、いつのまにかごっそりと中国や韓国企業に移転されてしまったといっても過言ではない。
 しかしながら、中国が世界第二位の経済規模にまで発展する原動力となったのは、単に先進国の技術やノウハウを獲得、模倣してきたからだけではない。欧米や、日本の企業は技術開発に優れていても、これを現地市場に適合した製品を製造していく力に欠けていたといえる。中国は外国技術を吸収し、巨大市場に適応させる製品を生み出し、製造するという点で他の途上国と異なる優位性を有していたのである。このような中国におけるイノベーションの特徴は、外国技術をより効率よく導入、吸収しつつ、これを改良していかに現地市場に適合する製品に改良するかにあるといってよい。中国は外国の技術を収集し、吸収することにより基礎研究をを省き開発コストを抑えることで、低価格を実現し、世界市場、特に新興国市場で競争力を発揮してきている。もちろん、科学や技術は、すべて過去の研究の土台の上で築かれるものであるが、中国の場合は多くの国家機関を通じて国家ぐるみで行われてきており、そのスケールの大きさが際立っていた。
 本書では、中国の国家政府の政策と中国の歴史的な産業構造によって支えられた外国技術の導入、吸収、改良を容易化するメカニズムを「中国型イノベーションシステム」と呼んでいる。「中国型イノベーションシステム」においては、日米欧で一般化されている規定とは異なる法体系や強力な国家政策による外国技術の導入・吸収策や、中国の地方の中小の郷鎮企業を中心長年にわたり築き上げられてきた分業体制の基づくモジュラー型産業構造によって、中国企業が外国企業の技術を容易に吸収、改良し、独自の製品として完成する様々な仕組みができ上っている。そして、このようにして開発された「中国独自の技術」は一部の分野においては、日本や欧米企業の市場を奪う脅威となっている。
 2015年12月に発表されたアジア開発銀行のアジア経済総合レポート(ADB’s Asian Economic Integration Report)によれば、医療機器、航空機、通信機器などのハイテク製品について、中国のアジアにおける輸出シェアは2000年の9.4%から2014年には43.7%に急増しており、他方、日本の輸出シェアは2000年の25.7%から7.7%に減少している。また、ローテク製品については、中国のアジア市場における輸出シェアは、2000年の41%から2014年に28%に減少している。このように、アジア市場において、中国はハイテク製品の供給源としてメインプレイヤーになっている。しかも、中国の輸出シェアはローテク分野からハイテク分野に大幅にシフトしてきており、「中国型イノベーションシステム」が功を奏していることを如実に物語っている。
また、高速鉄道や原子力発電などのインフラ分野においては、中国は日本や欧米から技術援助などにより吸収、獲得した技術を改良した技術を、他国へ輸出する取り組みが国家レベルで行われている。もともと中国の高速鉄道技術は独シーメンスや日本の川崎重工業の技術支援を受け吸収、発展させてきたものであるが、2015年6月に2大鉄道車両メーカーが統合されて世界シェアで5割を占める巨大な中国中車が誕生した。そして、この高速鉄道技術は、車両からレール運転システムも含めて、インドネシアや米国へ輸出する商談が進んでいる。また、2015年10月には、習金平国家主席の訪英の際に、イギリス南東部で計画中の原子炉に中国製の原子炉を導入することを合意した。これは、中国国有大手の中国広核集団(CCN)などが、フランスからの技術供与を受けて開発したものであり、主要部品の国産化率は85%に達すると言われている。
 中国は、現在、改革開放後の高度成長期を経て、安定成長へ移行のための「新常態」を目指している。「新常態」について、習近平総書記は「現在、中国経済の発展は新常態に入り、高度成長から中高度に移行し、規模と速度を重視する粗放型成長から品質と効率を重視する集約型成長へ転換し、要素と投資駆動からイノベーション駆動へと転換している」と述べている。すなわち、今後の中国経済において、イノベーションを成長エンジンにしているかどうかが改めて問われているのだ。
中国がイノベーションの創出に向けて大きく動き出したのは、2008年6月に国務院から「国家知的財産権戦略要綱」が発表されたのを契機としている。この際、2020年までに中国を知財創作、運用及び保護に関して管理水準の高い「イノベーション型国家」にすることが目標とされた。これまでの外国技術の導入、吸収を最大目標とする政策から、中国企業による自主イノベーションを目標とする政策の転換がなされたといってよい。自主イノベーションを強化する枠組みとしてと知財制度の戦略的活用が図られたのである。中国の知財制度はこれまで外国技術の保護に利用されていたという側面が多かったが、中国企業の知財保護を強化することが図られた。現在、中国は、国内の特許、実用新案、意匠、商標の出願は急増し世界一の出願件数となっている。また、中国国内の知財訴訟も急増している。
 一方、日本における知的財産制度の活用は低調である。日本における特許出願は、2008年以降なだらかな下落傾向が続いている。これまではやや聖域的であった特許出願予算について、コスト削減のプレッシャーが生じている。また、外国出願の増加に伴う知財コストの上昇が国内出願の減少の要因となっている。さらに、日本では、もともと知財訴訟の件数は少なかったが、2005年における知的財産高等裁判所の設立や知財専門の裁判官の拡充にもかかわらず、知財訴訟の利用はその後も低迷している。
 このように、日本国内の知財制度の活用が低調ななか、中国の知財制度は急速に整備され、活用されている。中国における知財制度の実行部隊は国家知識産局であり、中国企業の独自のイノベーションの創出の促進とその成果物の保護という国家政策を実現するための重要な実務を担っている。特に、国家知識産局に属する特許再審委員会は知財権の無効審判を審理する部署であり、知財権を無効にする権限を有している。近年、外国企業は、中国の知財プラクティスに不慣れなために、権利が無効化されるケースが増えている。また、中国国内では知財権の中国企業による出願及び権利取得件数が外国企業のそれを圧倒しているため、外国企業の中国現地法人が中国企業に訴えられるケースが増えている。このため、日本企業をはじめ外国企業は、中国知財制度のプラクティスや訴訟実務の習熟が急務である。さらに、中国企業の国際出願も急増しており、中国国内だけでなく、国外においても、中国企業からの知財紛争に巻き込まれる可能性が高まっている。
 これまで、日本を含む欧米企業は中国の巨大市場に魅せられて、技術の流出や中国企業の知的財産権軽視の挙動に甘かった面があることは否定できない。日本企業は、改革開放の初期段階から、中国企業を全面的に技術援助し、中国におけるもの作りの体制の整備に莫大な貢献をしてきた。その際、現地での合弁事業や人の移動を通して秘密情報が流出し、国内特許出願等の公開情報によって中核の技術情報が中国企業に無償で提供されてしまった。ノウハウや技術の流出を許しておくと、イノベーションへの投資意欲を殺ぎ、不正な、国や企業に競争力をもたらせる結果となる。本文で紹介するように中国では国策として外国技術を吸収する仕組みや公開情報を徹底的に分析、利用するシステムが長年にわたって成立してきている。今後は、「中国型イノベーションシステム」とイノベーションの特徴、知財制度を十分に理解したうえでの戦略的な知財マネジメントが求められよう。
また、知財の実務についても、これまで日本企業は、日欧米を中心に出願、権利化を図ってきたために、日米欧のプラクティスを中心に行われる傾向にあった。しかしながら、近年では、新興国市場の急成長と共に、日本企業は、中国をはじめとする新興国への出願を増やしている。その際、日米欧のプラクティスとは異なるプラクティスの運用に直面しており、最初の出願明細書の作成段階から中国等のプラクティスを配慮することも必要とされている。

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